舞台作品を映像化すると魅力が減る理由を、ようやく言語化できたかもしれない(個人的見解です)

「舞台作品を映像化すると、どうしても魅力が損なってしまう」

例えば映画はDVDやBlu-ray化しても、「映画館で見れなかったものを見れるようになった!!」って気持ちになります。

ところが舞台作品は一度も観たことがないものを見ようとしても、食指が動かなかったりする。

・舞台のDVD化に馴染みがない

・視覚効果が映画と比べると劣ってしまう

・生配信じゃない

・360度じゃない

・臨場感が足りない

などなど、色んな理由を考えていました。

とはいえ、見知った作品でも食指が動かないことが多い。

ずっと疑問だったのですが、自分なりに理由が分かったかもしれません。そしてここに舞台のオンライン化の突破口があるかもしれません。

映像化に成功している舞台はある。※ただし

2.5次元などは映像化に成功している舞台です。舞台の収益を上回る円盤(※Blu-rayやDVDのこと)の売上があります。

詳しくは下記

シナリオクラブの特徴

ただし、

・人気原作という土台があった上での舞台化

・舞台公演が即チケット完売するほどの大人気

・映像化にあたって、何人もの職人の手による鬼のカメラワーク

という、非常に練りに練られたものです。

これは一朝一夕で真似できるものでもないし、かけている予算だって段違いです。同じ土俵で戦ってはいけない。

舞台の本質は参加型エンターテイメント説

上記のオンライン化が成功しにくい原因はどれももっともらしいけど、舞台の本質は参加型エンターテイメントかなと。

つまり

映画観客=映画を鑑賞する側の人

舞台観客=舞台に影響を与える参加者

という意味で観客も参加者説かなと。

コロナ禍において舞台公演ができなくなって、オンライン配信が活況になりました。

色んな舞台作品が映像化されていていく中、どの作品を見ていてもどうしても生の迫力に勝てない。

じゃあ臨場感を足して、VRで360度配信にして、リアルタイム配信にすれば良いのか?

それでも足りない。

舞台の代わりに劇場にとんでもなくでかい超精密4KTVを置いて上演のリアル配信したら、ちょっと変わるかな?

ちょっとだけ変わるかも。でも何かが足りない。モヤモヤ。

このモヤモヤが取り払われたのはClubhouseの配信に参加していた時。

参加型音声配信SNS、Clubhouseの簡単な説明

Clubhouseを簡単に説明すると、

1.利用者同士で自由に配信を楽しむことができる
2.すでに始まった会話を傍聴できる
3.配信された会話に飛び入参加できる(※ホストからの許可が必要)
ことができます。「ラジオ配信が自由できるアプリ」とイメージするとわかりやすいでしょう。

【かんたん図解】Clubhouse(クラブハウス)とは? 使い方・やり方と注意点をわかりやすく解説

生配信ラジオみたいにフリートークをしながら、指名があればリスナーでもいつでも壇上に上がれる。

この3番目が非常に重要です。

つまり、リスナーは参加者でもあり、飛び入りしようとしたら飛び入りできる。そして配信者からも存在が認知されている。ここが大きなポイント。

Clubhouseでは、配信者もリスナーも等しく参加者であるということ。

舞台とClubhouseの共通点とは

「舞台はそうは言っても、飛び入りなんかできないじゃないか」と思う方は多いと思います。

当たり前ですが、観客の誰かが舞台に飛び入り参加することはできません。

だけど、舞台は介入しようとしたら介入できる側面があります。

映像作品と違って、作品への不介入は観客の良心と暗黙の了解によって成り立っています。

言ってしまえば、舞台は観客も気づかないうちに作品の一部として組み込まれています。

観客は舞台作品を形作るものの一つ。

前述の、リアルタイムであること、360度であること、臨場感、芝居の違いなどは、確かに要素としてはあるのですが、本当に重要なのは「自分が観客として、俳優と一緒に作品に参加しているかしていないか。」

観客はただ舞台を見ているのではなく、「自分が作品に介入しないという選択をしたうえで、世界観の一部になっている。」

つまり、その場で立ったり、声を上げてしまったりしたら世界観を崩してしまう。そうしないように舞台の緊張感と共に作品に組み込まれています。

なので、これが単純な映像化になってしまうと、寝っ転がりながら見ようが、途中で見るのをやめようが、自分が作品に影響を与える余地はゼロ。

ここが舞台の単純な映像化や配信がなかなかうまくいかない点なのかなと思っています。

席に座って、緊張感の中で観劇するのが参加というわけではない。

ここで勘違いしてはいけないのが、「参加者=席に張り付いて観劇」ではないことです。

かつて観に行った堀江貴文さんの「クリスマスキャロル」ですが

堀江貴文さんの「クリスマスキャロル」と「演劇のアップデート」にとても共感した話。

こちらは席に座り続けることなく自由でした。飲食しながら舞台を観劇できたし、写真だって撮れる。

くつろぎながら観劇できる演劇として斬新でした。

これで参加意識が薄れるかというと、そんなことはなく、ではこの差はどこからくるのか。

「出演者に存在を認知されている」(個人が認知されているわけではないよ)

という点が大きいのかなと。

正確には「自分が出演者に認知されていることが分かることで、自分も舞台作品を作っているものだと認識する」

みたいな話です。

舞台の映像化やオンライン化への成功は「自分も作品の一部となって出演者と作品を作っている」体験なのかも

舞台では、観劇者と出演者には第四の壁が存在します。

※第四の壁は、舞台と客席を分ける一線のこと。舞台の左右と後ろがそれぞれ第一~三の壁と言われてます。

ただ、概念として存在するだけで、本当に壁があるわけではありません。

出演者は観劇者を認識しているし、その上で芝居をしている。

舞台に立つ側としては、客席の空気が良ければ芝居は盛り上がる。

ここが録音配信やオンライン配信になってしまうと、「自分も舞台を作っている」という感覚がほぼ薄れてしまうのが原因かもしれません。

観客の皆に舞台の一部になってもらうには

どうすればいいかを考えてみました。個人的見解です。「それって舞台じゃないよね?」っていうツッコミは百も承知です。

1.観客を参加者としてみなした舞台を作る。

泊まれる演劇」などは自分がオンラインを通じた参加者のパターン。

さらに重要なのが、リアルタイムかどうかかもしれません。

リアルタイムでやる場合は、より演者側の技量が問われるかもしれませんが。

 

2.別視点を導入して没入させる。

リアル脱出ゲームのオンライン配信版はこの形ですね。

謎解き要素を入れて別視点を入れる。

この場合は、謎について色々と議論する相手が欲しかったりする。

 

3.舞台という定義を外れたものを作る。

せっかくオンラインなら、逆手にとって、舞台に捕らわれずに全く違ったものを作ってしまうパターン。

劇団ノーミーツさんはここの先駆者です。

カメラを止めるな リモート大作戦もこのカテゴリかもしれません。

これ、映画では?っていうツッコミが聞こえます。

自分の浅知恵ではこの程度です。良いアイデアを募集中です。

 

変革の時が来てしまった

このコロナ禍という空前の災害で舞台を始め、イベント産業がガタガタになってしまいました。

これまで何とかやってこれたものの、これからは、いままでと同じでは座して死を待つ時代が来てしまいました。

今回の僕の個人的な見解以外にも「こうしたらいい、ああしたらい」というアイデアは、たくさん転がっているはずです。

その上で、この時代の変化に適応して、生き残るにはどうしたらいいかを考え続けなければと思います。

 

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