劇団DULL-COLORED POP「福島3部作・一挙上演」

谷賢一
演出
演出:谷賢一

美術:土岐研一
照明:松本大介
音響:佐藤こうじ
衣裳:友好まり子
舞台監督:竹井祐樹
演出助手:美波利奈
宣伝美術:ウザワリカ
制作助手:柿木初美・德永のぞみ・竹内桃子(大阪公演)
制作:小野塚央

【助成】セゾン文化財団
【東京公演】助成:アーツカウンシル東京(公益財団法人東京都歴史文化財団)、芸術文化振興基金
【大阪公演】芸術文化振興基金
【福島公演】主催:いわき芸術文化交流館アリオス
【東京・大阪公演】主催:合同会社 DULL-COLORED POP
キャスト
第一部
東谷英人
井上裕朗
内田倭史(劇団スポーツ)
大内彩加
大原研二
塚越健一
宮地洸成(マチルダアパルトマン)
百花亜希(以上DULL-COLORED POP)
阿岐之将一
倉橋愛実

第二部
宮地洸成(マチルダアパルトマン)
百花亜希(以上DULL-COLORED POP)
岸田研二
木下祐子
椎名一浩
藤川修二(青☆組)
古河耕史

第三部
東谷英人
井上裕朗
大原研二
佐藤千夏
ホリユウキ(以上 DULL-COLORED POP)
有田あん(劇団鹿殺し)
柴田美波(文学座)
都築香弥子
春名風花
平吹敦史
森 準人
山本 亘
渡邊りょう
日程
東京公演 8/08(木)~11(日) 第2部上演 8/14(水)~18(日) 第3部上演 8/23(金)~28(水) 第1部~第3部連続上演!
劇場
東京芸術劇場シアターイースト
第一部『1961年:夜に昇る太陽』
1961年。東京の大学に通う青年・<穂積 孝>は故郷である福島県双葉町へ帰ろうとしていた。「もう町へは帰らない」と告げるために。北へ向かう汽車の中で孝は謎の「先生」と出会う。「日本はこれからどんどん良くなる」、そう語る先生の言葉に孝は共感するが、家族は誰も孝の考えを理解してくれない。そんな中、彼ら一家の知らぬ背景で、町には大きなうねりが押し寄せていた……。

第二部『1986年:メビウスの輪』
 福島第一原発が建設・稼働し、15年が経過した1985年の双葉町。公金の不正支出が問題となり、20年以上に渡って町長を務めてきた田中が電撃辞任した。かつて原発反対派のリーダーとして活動したために議席を失った<穂積 忠>(孝の弟)は、政界から引退しひっそりと暮らしていたが、ある晩、彼の下に2人の男が現れ、説得を始める。「町長選挙に出馬してくれないか、ただし『原発賛成派』として……」。そして1986年、チェルノブイリでは人類未曾有の原発事故が起きようとしていた。

第三部『2011年:語られたがる言葉たち』
 2011年3月11日、東北全体を襲った震災は巨大津波を引き起こし、福島原発をメルトダウンに追い込んだ。その年末、<孝>と<忠>の弟にあたる<穂積 真>は、地元テレビ局の報道局長として特番製作を指揮していたが、各市町村ごとに全く異なる震災の悲鳴が舞い込み続け、現場には混乱が生じていた。真実を伝えることがマスコミの使命か? ならば今、伝えるべき真実とは一体何か? 被災者の数だけ存在する「真実」を前に、特番スタッフの間で意見が衝突する。そして真は、ある重大な決断を下す……。
この演劇を見た人
竹森裕哉さん
竹森裕哉さん

おすすめ度
脚本のストーリー性 5
役者の表現力 5
演出の巧さ 5
演出の奇抜さ 5
舞台装置の芸術性 4
客席と舞台の一体感 5
劇場設備の充実度 5
敷居の高さ 3
見た人の感想

見てて楽しく、苦しく、切ない世界が広がる壮大な物語

心に突き刺すような舞台作品を上演してくれたダルカラさん。

DULL-COLORED POPの「くろねこちゃんとベージュねこちゃん」を観て、脳天を打たれたような衝撃が走った。

そのダルカラさんが、今度は福島についての三部作をやることになった。

私の母は福島の生まれで、父は原発で働いた技術者だった。私自身も幼少期を福島で過ごし、あの豊かな自然とのどかな町並みが原風景となっている。
原発事故はなぜ起きてしまったのか? 政治・経済・地域の問題が複雑に絡まり合い、簡単に答えが出せない問題だ。しかし、だからこそ演劇でなら語れるのではないかと思った。異なる意見を持つ者たちが出会い、言葉を戦わせ合うのが演劇だ。答えを示すことよりも、問いを強く投げかけるのが演劇だ。演劇でなら語れる、「なぜあの事故は起きてしまったのか?」
2年半に渡る取材成果を三部作・三世代の家族の話として紡ぎ直し、人間のドラマとして福島と原発の歴史を問い直したい。

第20回本公演「福島3部作・一挙上演」

福島は、原発事故とその風評被害にいまだに悩まされる地域。

様々な科学的なデータ。散らばるネット上のデマ。あらぬ噂。

題材を見たとき、そういったものを助長する内容だったらどうしようと不安でした。

でも、結論から言うと、観てよかった。

舞台の上には、現実があった。ここからは、それぞれの部の内容を感想を込めながらお話していきます

第一部『1961年:夜に昇る太陽』

第一部では、何もない街に原発が誘致の計画が立ち、比較される東京と福島。

あらすじ

1961年。東京の大学に通う青年・<穂積 孝>は故郷である福島県双葉町へ帰ろうとしていた。「もう町へは帰らない」と告げるために。北へ向かう汽車の中で孝は謎の「先生」と出会う。「日本はこれからどんどん良くなる」、そう語る先生の言葉に孝は共感するが、家族は誰も孝の考えを理解してくれない。そんな中、彼ら一家の知らぬ背景で、町には大きなうねりが押し寄せていた……。
福島県双葉町の住民たちが原発誘致を決定するまでの数日間を、史実に基づき圧倒的なディテールで描き出したシリーズ第一弾。

始まりでもあり、「希望」とも言える章で、なーんにもない田舎と揶揄された福島の双葉町が、「世界一安全なエネルギー、原発の誘致」ということで、町全体がざわざわ。

原発が誘致されるということは、原発産業で町が栄えること。

今まで何もなかった双葉町が活気づくということ。

現在の原発事故を知っているからこそ、過去の浮かれっぷりはなんだか滑稽に見えてしまう。

それでもこの時は、未来の希望として、原発を信じていたんだなぁと。

始まりの章でありながら、皮肉の章でもあります。

作風は全体を通してめちゃくちゃコミカルに描かれています。めちゃくちゃ笑えるんですよ・・。第一部と第二部は。

第二部『1986年:メビウスの輪』

そして、原発産業に依存する双葉町は、もはや止まれないとこまで来ていた話

第二部のあらすじ

福島第一原発が建設・稼働し、15年が経過した1985年の双葉町。公金の不正支出が問題となり、20年以上に渡って町長を務めてきた田中が電撃辞任した。かつて原発反対派のリーダーとして活動したために議席を失った<穂積 忠>(孝の弟)は、政界から引退しひっそりと暮らしていたが、ある晩、彼の下に2人の男が現れ、説得を始める。「町長選挙に出馬してくれないか、ただし『原発賛成派』として……」。そして1986年、チェルノブイリでは人類未曾有の原発事故が起きようとしていた。
実在した町長・岩本忠夫氏の人生に取材し、原発立地自治体の抱える苦悩と歪んだ欲望を克明に描き出すシリーズ第二弾。

第一部で登場した青年が、今度は町長に立候補します。反原発の推進派として。

しかし蓋を開けてみると、双葉町は原発産業に依存しているため、実はもう止まれないとこまで来ていた。

町は原発から脱却できない。現状を打開するには、原発推進派になりながら、原発の安全性を訴えるしかなかった。

つまり、「原発を推進しながら、原発の安全性を徹底的に問うことで国から補助を引き出す」というなんともクレバーな方法です。

そうして青年は町長に就任するものの、チェルノブイリ原発事故が発生。町長としていよいよ原発の有無が問われます。

町はもはや止まれない。わずかでも安全性が疑われたら、原発を止めざるを得ない。そうしたら失業者は?止めることで起こる損害は?

もはや何を聞かれても「原発は安全です」というしか選択肢はなかった。

そんな人間の苦悩を、これまたコミカルに描かれています。

そして一部と二部がコミカルだからこそ、最終章である三部は本当に重い・・・。

第三部『2011年:語られたがる言葉たち』

最終章の三部は、東日本大震災後直後の世界。

第三部のあらすじ

2011年3月11日、東北全体を襲った震災は巨大津波を引き起こし、福島原発をメルトダウンに追い込んだ。その年末、<孝>と<忠>の弟にあたる<穂積 真>は、地元テレビ局の報道局長として特番製作を指揮していたが、各市町村ごとに全く異なる震災の悲鳴が舞い込み続け、現場には混乱が生じていた。真実を伝えることがマスコミの使命か? ならば今、伝えるべき真実とは一体何か? 被災者の数だけ存在する「真実」を前に、特番スタッフの間で意見が衝突する。そして真は、ある重大な決断を下す……。
2年半に渡る取材の中で聞き取った数多の「語られたがる言葉たち」を紡ぎ合わせ、震災の真実を問うシリーズ最終章。

いきなり大震災からスタート。

今までがとてもコミカルだったぶん、今回はとにかく重い・・・。

震災の生々しい爪痕、原発の被害を描きながら、

風評被害に巻き込まれる人々。

デマに惑わされる人。

デマを煽る側の人間。

それらすべての人たちが描写されていました。

第一部と第二部の作風とは全く違う。重くて悲痛な世界です・・・。

それまでの話がコミカルにまとめられていたので、その分だけ悲痛さが際立つ・・・。この戯曲、すごいなぁ・・・。

客観的なデータ、歴史、様々なことに対して、きちんと調べに調べつくして、谷さんはこの作品を執筆したんだと思う。だから、あれだけ生々しくて、本当の世界ができたんだとおもいます。

そこには、現在でも続いている「叫び」みたいなものがありました。

福島は、8年間で少しずつ忘れられて行っているのかもしれない。だけど、そんなことはない。

だから、我々の「語られたがる言葉」を聞いてくれと。

福島三部作を観終えて。

Yahooでも取り上げられています

半世紀のトリロジーで明らかになる福島と原発の関係――『福島三部作』

この三部作は、第一部から第三部まで、50年にわたって時間が流れています。

年をとりながら、登場人物達は、50年で年を取っていきます。

福島の少年だった子が、報道局の編集長となり、取材を行う。

福島の青年団所属の青年が、町長となり、原発の事実と向き合わなければならなくなる。

章が進むことで、何も知らなかった少年が、様々なことを知った大人となる。

何も抱えなかった青年が、様々なものを抱えていってしまう。

でも、だからこそ、第三部では立派になって、頑張っている姿が胸を打つし、一部から三部まで登場した人が一生懸命に生きるさま、そして守りながら進む姿はかっこよくて、すごく悲しい・・・。

一つの町を50年という長さで見て、その中で運命に翻弄されながら生きる姿こそが、この物語の最大のキモなのかもしれません。

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